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都市力と風土力

建築からの文化論を主に、時事評論を加える。

平将門と平和復興五輪

ある先輩との酒の上での会話。
「猪瀬知事、舛添知事の失脚、新国立競技場の設計やり直し、エンブレムの盗用、与党ではない知事の圧勝、豊洲問題、その他競技場の見直しと・・・直接にも間接にも、このオリンピックには問題がつづきますね」
「これだけ続くと、何かの祟りとしか考えられんぞ」
「ひょっとして平将門の怨霊じゃないでしょうか。関東の京都に対する怨念ですが、当時の関東は今の東北に当たる。つまり東北が震災で大変なときに東京じゃお祭り騒ぎか、という感情に結びつきます」
「ふむ。競技施設の建設コストがやたらに上がったのも震災復興と重なったからだ」
「将門の首は東京に飛んできて、大手町に首塚があり、祟りが怖くて再開発も手を出せないそうです」
「東北だけではない。あちこちの災害で多くの人間が亡くなっている。日本の津々浦々に、東京の政治に対する怨念が鬱積しているのだ」
「日本史は、都に対する地方の憧憬と怨嗟の力学で動いてきたようなところがあります」
「ふむ。とにかくお祓いをすべきだが、ここは知事程度ではなく、やはりあのお方にお願いするほかないのではないか」
「常に日本国民の平和と安寧と五穀豊穣を祈ってくださる、あのお方ですか。そう言えば、将門が兵をあげるときに、夢に菅原道眞の霊が現れて、新皇になることを許すと言ったそうな」
「ひょっとすると、御退位の意思を示されたのも、それに絡んでのことかもしれないな」
「つまりこの怨霊を鎮めるのは簡単ではないという・・・」
「新しい知事はその辺の霊力を感じているのかもしれん。女性の直感というやつだ」
酒の上での会話だが、不思議につながってくる。
その意味で、長沼ボート場という案は、色々問題はあるにせよ、一つの方策かもしれない。
そして世界の人々に、戦災を含めた人類の災害という問題に目を向けさせる。日本はヒロシマナガサキの国でもあり、戦後経済そのものが復興でもあった。オリンピックが商業主義化しているとき、こんなテーマを掲げうる国は他にない。

平和復興五輪だ。
これなら将門もIOCも納得するだろう。