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都市力と風土力

建築からの文化論を主に、時事評論を加える。

風土力の歌集

設計事務所から大学に転じて、何か新しい分野を開拓しようと「文学の中に記述された建築」という研究に取り組んだ。当時流行していた心理実験やアンケートによって建築の意味を探ろうとする研究に疑問をもったからだ。建築の意味は、そういった手法で浮かび上がる意識の表層にではなく、長いあいだ積み上げられた無意識の深層に眠るもののように思われた。

大上段に『万葉集』からとりかかった。

万葉仮名(漢字)の並ぶ原典を前にし、古典文学に縁がなかった身には目もくらむような巨峰であることを感じてたじろいだ。しかし入口で引き返すわけにもいかず、しゃにむに食らいついた。僕はときどき、無謀な挑戦をする悪い癖がある。

そしてまず一つ、興味深い事実に気がついた。

万葉には「寺」が登場しないのである。

万葉集』4500首あまりには、「家、やど、宮、殿、門、柱」など、さまざまな建築用語が多数登場するが、「寺」の歌がほとんどない。実は四首だけあるのだが、すべて「寺の餓鬼」を主題にしたイメージの悪い内容である。

万葉の時代といえば、飛鳥から奈良へ、この国はまさに仏教建築時代であった。法隆寺興福寺に始まり、国分寺国分尼寺の中心たる東大寺に至るまで、隆々たる仏寺が築かれたのだ。「天平の甍」と呼ばれたあの豪壮な瓦屋根、あざやかな朱塗りの木組みが、万葉人の眼に映らなかったわけはない。

また都市のにぎわいを詠む歌もほとんどない。

有名な「あをによし寧楽の京師は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり」の歌は、遠く大宰府にあって奈良の華やかさを想像しているのであり、いわばみやこから離れていることの怨みの歌だ。

藤原京平城京という、中国にならった本格的な都市が初めて築かれた時代であるが、万葉人の心象風景は、圧倒的に自然であり、山と川と草花であった。

実は、津田左右吉もこのことに触れている。

「万葉には仏教もしくは仏教思想に関係があると思はれる歌は極めて少なく、ー中略ー更に気のつくことは、あの広壮な仏教の殿堂や、高く蒼空を凌いで聳え立つ幾重の卒塔婆や、もしくは、壁画や柱絵やその他の寺院の荘厳や、または華麗な法会やが、毫も万葉人の目に映らなかったことである」(『文学に現はれたる我が国民思想の研究』)

津田はそれ以上の追求を控えているが、筆者ははここに、時代の趨勢に抵抗しようとする精神を感じた。

万葉集』は都市と仏教に背を向けている。

文明に背を向けている。そう考えざるをえなかった。

つまり万葉は、都市力に対する風土力の歌集なのだ。

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日本文学は、その原点から、都市化の反力に支えられている。現在の日本人の心にも、その反力が連綿と続いているように思える。

 

拙著『「家」と「やど」ー建築からの文化論』朝日新聞社刊・参照