智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
ご存知「草枕」の冒頭、漱石をあまり読まない人でもこの言葉は知っている。人間とその社会を考える上で、やはり名言だと思われる。
これまで政治的性格のA面とB面について書いてきたが、A面はこの「智」に、B面はこの「情」に依拠していると考えることも可能だ。
つまり現代社会においては、知識階級が衰退しつつあり、そしてその知識階級とは「活字メディア」を主な舞台として活動してきた人々である、という認識である。
それはある程度正しいだろう。しかし人間の知性というものが、A面にのみ存在すると考えるのは早計だ。人間は、合理的な知性だけで割り切れるほど、単純なものではない。
われわれが直面しているのは、知性の没落ではなく、昨今のメディアに乗った表面的な知識人の没落であり、今必要なのは、表層の知ではなく深層の知、すなわち「深知」というようなものではないか。
漱石が言おうとしているのもそれに近いような気がする。