僕は学生時代、さまざまなアルバイトをやった。
もちろん経済的な必要からだが、いろいろ経験することが好きだったのだ。
訪問販売を二回やった。どちらも短期間で、たしか春休みだったような気がする。
一つはガス湯沸かし器、もう一つは百科事典のセット。
そのあたりの家を手当たり次第、いきなりドアを叩いて売り込むのだから、ほとんどが門前払い。しかし1日にいくつかはヒットする。他の人と比べて成績は悪くなかった。
ガス湯沸かし器は、日本の経済成長がちょうどそういう時期でもあって、それまでなかった家が据えつけるのは理にかなっているが、問題は百科事典である。有名な学習図書出版社のもので、カラー図版も多く、決して質は悪くないが、何しろ高額なのだ。当時の一般家庭の月収の何倍かである。しかも買ってくれる家は、それほど裕福そうではなく、置き場所があるのか心配になることもあった。販売に成功した時は「やった!」という気分だが、少し後ろめたい。
そして、子供をもつ親が「教育にいい」という言葉にいかに弱いかを知った。
「若さと健康にいい」「綺麗になれる」「子供の教育にいい」この三つの言葉には、魔法のような力がある。
それにつけ込む企業も少なくない。