電車の中にさまざまなドラマが生まれる。
山手線、恵比寿駅から品川方面に向かう列車に乗り込んだ。ラッシュアワーの過ぎた朝はさほど混んでいるわけではない。僕は入り口近くのつり革をつかんで立った。
ドアの脇に、赤ん坊を抱えた母親が立っていた。「おー、よしよし、ヨシヒコちゃん、いいこねー」と頭巾を被せた子をあやしている。身なりのいい綺麗な女性だが、赤ん坊の母親にしては少し年がいっているように思えた。
突然、僕は電撃に打たれた。
その赤ん坊は、黒い犬のぬいぐるみだったのだ。
周りの人は気づいているのかいないのか。気づいても黙っているほかはないのだろう。彼女は品川の手前、大崎あたりで降車した。
ぬいぐるみか・・・それも黒い犬とは・・・
僕は、彼女の身の上に起きたであろう悲しいできごとを想像した。
電車の中で、一編のドラマを観たような思いだった。これまでに観たどんなドラマより印象に残っている。