東京の地下鉄、前の席に座った少女が二人、話に夢中になっていた。小学校に入ったばかりぐらいの年齢だ。
「あ、しまった降り忘れた」
と一人が叫んだ。
彼女は次の駅で降りた。僕も同じ駅で降りた。乗り換え客の多い複雑な駅で、僕は戻りのホームまで連れてってあげようかと声をかけた。
「戻るんでしょう」
案の定、彼女は横を向いて僕から離れていった。
帰ったら母親に告げているだろう。
「今日、電車のホームで変なおじさんに声をかけられた」
「そう、絶対に、ついていっちゃダメよ」
彼女の行為は完全に正しい。しかし僕は声をかけたことを後悔していない。
いつのまにかそういう社会になってしまった。日日流れるテレビのニュースを視ていれば当然だろう。
どういうわけか、犯罪の少ない先進国ほど警戒的で、犯罪の多い後進国ほどフレンドリーである。犯罪の問題ではなく、個人で守る社会と仲間で守る社会の違いかもしれない。