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都市力と風土力

建築からの文化論を主に、時事評論を加える。

教育は無償であるべきか

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安倍首相は憲法改正に高等教育の無償化を盛り込もうといしているようだが、これはどうだろうか。九条が大きな問題でありすぎて、あまり語られていないし、野党も反対はしにくい。

僕は経験から、学生には随分と個人差があって、学問に向いている学生と、あまり向いていない学生がいることを感じている。

今の教育者は、誰もが努力によって一流になれるというようなことをいうが、誰でもがボルツのように早く走れたり、イチローのような名選手になれるわけではない。学問も同じことだ。むしろ早めに自分の適性を見極めて、専門学校に行くなり、就職するなりした方がいい。重要なのは、人それぞれの道を行くことであって、無理やり同じレールに乗せて競争させることではない。

もちろん学問に向いている学生には門を開くべきだ。かつての国立大学は、ほとんど個人負担がなく、それが国家発展の原動力になったことはたしかである。

しかし卒業免状と異性交遊だけを目当てにしているような学生のコストを、親が払うならまだしも、国民全体が支払うというのは、「一見公平の不公平」というものではないか。

ご意見をお寄せください。

 

地から湧き出るスポーツ

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テレビで、壁を登るボルダリングというスポーツを見た。

それなりに面白い。

最近は、スケボーやスノボー、曲乗りの自転車やスキーなど、曲芸に近いスポーツが流行っている。

新しいスポーツが、大地から湧き出るように登場する時代なのだ。

古典的なスポーツといえば、陸上が王者で、水泳が副だろう。レスリングやボクシングなどの格闘技もあり、冬季ならスキー、スケートなど。狩猟時代からあったような基本的な身体力を競う。

近代的なスポーツは、サッカー、ラグビー、野球などの球技が多く、チームワークで、組織的で、戦術的でもある。ほとんどが英国発祥。七つの海を制した国は、言語と球技を広めたといえる。

最近のスポーツは、アメリカ発が多いようだが、それよりも、世界の若者たちが勝手に、いつの間にか国境を越えて、路上で広めた感がある。

先に、スポーツと帝国主義との関係を論じたが、各国の伝統文化とは無関係の、大地から湧き出たような、世界の路上から湧き出たようなスポーツにもエールを送りたい。今のところそれが、これまでのスポーツがもつ過剰なナショナリズムコマーシャリズムに縁遠いところにあるから。

 

スポーツと帝国主義

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WBCすなわち野球の世界戦に出てくる強国は、アメリカ、日本、台湾、韓国、キューバプエルトリコなど、思想的政治的にはどうあれ、アメリカ文化が浸透している国だ。

サッカーが強いのは、ヨーロッパと南米、特にスペイン語文化圏だ。

ラグビーが強いのは、発祥の地であるイギリス各州と、南半球の元英国植民地である。

つまりスポーツに、文化圏としての帝国主義が生き残っているのである。

日本発の柔道は国際化したが、盛んなのは、フランスやロシアや中央アジアなど。相撲も国際化しつつあり、モンゴルが圧倒的だが、東ヨーロッパも参加しつつある。これらは、上記の海洋帝国主義圏から離れた国である。

僕は帝国主義者ではないが、自国発のスポーツが世界に広がることを嬉しく思っている。日本人力士を応援するあまり、モンゴル人力士を敵役にしたり、柔道でメダルを独占するべきというような発言は慎むべきではないか。

文化の拡大には、それなりの寛容が必要だ。これは長期的な国家戦略としても、案外重要なことかもしれない。

おもしろく哀しい日本文化

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「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな」

芭蕉は鵜飼をこう詠んだ。

僕はこう詠みたい。

「おもしろうてやがて哀しき日本かな」

今、外国人が日本文化をおもしろがっている。しかしその深みにある哀しみも感じてもらいたい。天皇ヒロシマ、さくら、津波

 

マクロン・資本の矛盾から国家の矛盾へ

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カロンは甘い味がするが、マクロンはどうか。

政治信条と若さの点で、トランプ現象とは逆のようだが、どちらも女性候補と、右派候補が、国を二分する戦いを演じたことでは共通している。

女性と右派の進出。それは何を意味するのか。

たしかなことは、かつての保守(右派)vs革新(左派)という構図が崩れ去ったことだろう。その構図は資本主義の矛盾から生まれたものだと思うが、人々は今それ以上に、国家そのものの矛盾に直面しているのだ。

いずれにしろ、今後マカロンを食べるたびに、彼の顔を想い起こすことになりそうだ。

安倍首相の憲法改正案

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安倍首相が、かなりマイルドな憲法改正案を提示した。

僕は、平和精神を保ちながら自衛隊を認めるという、最低限の9条改正ならありうると考えていた。政治家や官僚はともかく、学者の多くは現状を憲法違反と判断しているようで、理系とはいえ僕も学者の端くれとして、現状と文面の矛盾は否定できなかったからだ。

まだ色々と異論は出るだろうが、これなら可能性はある。

ひょっとすると、歴史の転換点に立ち会えるかもしれない。名実ともに、戦後が終わるということである。

人生と歴史の霹靂

東日本大震災のときは、自宅の書架から本が飛び出してきた。

ニューヨークの9・11のときは、二機目をライブで見た。

地下鉄サリン事件のときは、原因が分からない不安が大きかった。

阪神淡路大震災のときは、テレビ映像が嘘のようだった。

すべて、青天の霹靂である。

昨今、ミサイルが飛んできそうな気配がある。

これはかなり黒雲が出ているから、青天ではない。とはいえ霹靂がないとは言えない。雷が落ちる確率は、晴天よりも曇天の方がはるかに高い。

そして、晴天にしろ、曇天にしろ、われわれの平凡な日常は、常に霹靂によって切り裂かれていく。

人生とはそういうものだ。

歴史とはそういうものだ。

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