日本と漢字文化圏

建築からの文化論を主に、時事評論を加える。

残念だが本当の話

日比谷から地下鉄に乗った。

優先席で今風にオシャレした若者が女の子にいちゃついていた。まったく周囲を気にしていない。スマホを握っている人たちもそうだ。日本人のマナーは地に落ちた。一方で大谷翔平選手のような、サッカー観戦のあとゴミを拾うような、素晴らしい日本人若者たちがいるのだが。

そう思っていると、

後ろの席に座っていた東南アジアかららしい人が席をゆずってくれた。

霞ヶ関で乗り換えると、すぐに一般席の若者が席をゆずってくれた。

日本の若者も捨てたものじゃない、と気を取り直した。

しかしその隣の友人と話しているのを聞いたら中国語であった。

残念だが本当の話だ。

しかし私は信じている。

日本は必ず復活する、と。

長嶋茂雄の一周忌

長嶋茂雄さんの一周忌だそうである。

大谷翔平さんは世界の偶像となったが、長嶋さんは戦後日本人の偶像であった。人前で悪口を言うのは憚られた。しかし二人の野球人がヨイショしなかった。野村克也さんは「長嶋のバカやろー」と叫んだ。だが悪口には聞こえなかった。むしろ野村さんの立ち位置を際立たせた。落合博満さんは「長嶋さんは宇宙人だ」と言った。これも悪口には聞こえなかった。むしろ落合さんの方が宇宙人じゃないかと思わせた。

今のテレビで、政治解説番組を視聴していると、高市総理の批判をするとSNSなどで叩かれるようで、口篭っていると感じられる。野球選手の偶像化は罪がないが、総理大臣の偶像化は、問題なしとは言えないだろう。

 

監督逮捕ー制度がAI化

巨人軍の監督が逮捕された。大事件だと思う人とそうでもないと思う人とに分かれるだろう。

AIに相談しその答えのとおりに行動するのが問題というコメンテイターも多い。しかしAIの答えはまちがっていない。児童相談所と警察の担当者もまちがってはいないのだろう。ただその制度がマニュアル化していることを感じる。

前に、チェーン店の店員の対応がマニュアル化していることから、ロボットが人間に近づくとともに人間がロボットに近づいていると書いたことがある。

AIが問題なのではなく、社会制度がAI化していることが問題なのだ。

深い人間味を感じさせた国王の演説

マグナカルタから名誉革命、アメリカの独立、ウクライナ情勢まで、歴史を踏まえながら滔々と語った。

「自由、民主、勇敢」を基軸に、自国(イギリス)を誇り、相手国(アメリカ)を讃えながら、アメリカの現政権(トランプ)をきわめて間接的にだが痛烈に批判した。

チャールズ国王は、皇太子時代に問題はあったものの、逆にだからこそ、人間性に深みをましたように思われる。それに対して何度ものスタンディングオベーションをもって応じたアメリカ議会人も見事で、念入りに演出された舞台劇を見るような印象を残した。

スペインの無敵艦隊を破ったエリザベス1世の時代以来続いてきた大英帝国の威信と、二つの世界大戦以来それを引き継いだアメリカの威力、アングロサクソン帝国いまだ健在ということか。

日本の外交はアングロサクソンとの提携を基本とすべしと唱えた切れ者外交官故岡崎久彦氏の慧眼もそろそろ賞味期限切れかと感じていたこのごろであったが、少し考え直した。

なるほど

 

夢を覚ますトランプ氏

戦後日本は平和が続いたが、その間アメリカはずっと戦争していた。振り返れば、アメリカの歴史は建国以来戦争の歴史であった。

先住民や、ヨーロッパや中南米や中近東や、日本をはじめ東アジアと戦い続け、ほとんどの戦争に勝利して、世界の帝国となったのだ。そう考えればトランプ氏は、きわめてアメリカ的な大統領であるのかもしれない。

戦後日本人は、アメリカを、豊かで平和で民主的で国であると誤解してきた。長い夢を見ていたのだ。トランプ氏はその夢から覚ませてくれた。ある意味トランプさまさまである。

 

「新・新しい女」とは

漱石は、『三四郎』のヒロインなど明治以後に現れた女性たちを「新しい女」と呼んだ。

平塚雷鳥、羽仁もと子、市川房枝、土井たか子に至るまで、また小生の生母も、継母も、抽象美術家の叔母篠田桃紅も、二人の姉もそうだった。彼女たちは進歩的な思想をもち、知的で、勉強家であった。戦後生まれの小生は彼女たちに導かれ、反発もあったがどこかで尊敬もしていた。それが近代化というものであった。

しかし今の女性たちはどうだろう。街角やカフェでたむろする若い女の子たちに進歩的な思想があるようには思えない。また総理大臣も財務大臣も女性であるから、女性が天下を取ったようなものである。彼女たちは勉強もし知識もあり能力もあるが、進歩的ではなくむしろその反動のように保守的である。尊敬するというより畏怖するという感覚だ。「新・新しい女」というべきか。

われわれが老いるとともに、明治以来の「新しい女」もいなくなった。少し寂しい。

トクヴィルとアレントはどう思うのか

批判を交えてではあるが、アメリカン・デモクラシーに期待したアレクシ・ド・トクヴィルは、トランプ大統領をどう思うだろうか。

ナチの全体主義を厳しく非難したハンナ・アレント(ユダヤ人)は、パレスティナ飢えた子供達の姿をどう思うだろうか。

テレビ画面は、人類の最後の砦たる人道主義が崩れるさまを写し続けている。