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都市力と風土力

建築からの文化論を主に、時事評論を加える。

生前退位と伊勢神宮

陛下の生前退位の御言葉に、伊勢の遷宮を想った。

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二十年ごとの式年遷宮の制度が定められたのは天武帝の代で、持統帝の代が一回目である。その目的を「技術の伝承」と説明する人が多いが、今のように技術が大変化する時代ではない。昔の人はそうは考えなかったろう。古材を末社で使うので「エコ」だとも言うが、これも現代的な感覚だ。

この時代、日本はまさに仏教ブームであったことに想いを致さなくてはならない。

法隆寺を始め、壮麗な仏教寺院が次々と建てられていく。朱塗り、基壇の上、瓦葺きの仏教建築は、当時の日本では考えられないほどの耐久性を有していた。今では古錆びた感覚の寺院も、当時は華やかな文明の象徴であったのだ。

しかし天皇家の祖神を祀る神宮を中国風の様式にすることには、「古事記」「日本書紀」などの神話との関係においても、大きな抵抗があった。

白木、掘立柱、茅葺きという古来の様式を守りながら、永遠の生命を確保するという工夫が、式年遷宮という制度を生んだのである。

そして建物は変わるがその様式は続く。

天皇が変わり、元号が変わり、世の中が新しくなるが、その文化は続く。人々の心も改まるが、改まりながらも続くものがある。「遷」というのはそういうことだ。

そこにこそ、天皇制の特質がある。中国の王朝交代とも、西洋における民族の興亡とも異なる、日本文化の歴史的本質がある。

変わることを恐れる必要はない。変わりながらも続くものが真髄だ。