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都市力と風土力

建築からの文化論を主に、時事評論を加える。

トランプ現象とアメリカの風土=荒野

大統領就任式を控え、マス・メディアはトランプの人間性と閣僚と政策の分析に忙しい。

しかしそれは徐々に明らかになることだ。それよりもこのトランプ現象が、アメリカを二分している事実について考えたい。

グローバリズムとアメリカニズム(国家第一という意味で)である。

16世紀以来、先進社会としてのヨーロッパから見たアメリカの風土は、常に「wilderness=荒野」であった。ヨーロッパは文明すなわち都市力であり、アメリカは野生すなわち風土力という関係だ。

ところが19世紀以後、アメリカは一挙に都市化が進み。20世紀には、科学、技術、工業の面で世界トップの地位に上り詰めた。アメリカは、文明の進歩と資本主義と民主主義を象徴する国家となり、グローバリズムを推進する力の源泉となった。

しかしそれは表層においてである。

国家も人間も、その文化の基層深層は、簡単には変わらないものだ。

実はアメリカ文化には「荒野に生きる」というスピリットが、今も根強く生きている。最近のアメリカには、これまで長く都市力を演じてきたための、つまり先へ先へと進もうとするための「疲れ」のようなものが感じられた。トランプ現象は、その精神的な歪みが、反力として噴き出してきたものともとらえられる。

彼らは、再び「荒野」に戻ろうとしているのだろうか。

僕個人としては「荒野の決闘」「荒野の七人」「荒野の用心棒」といった映画が懐かしいが、そんなことを言っている場合ではないかもしれない。